ハツラツ HaTsu RaTsu | 日本の軍歌、行進曲を音楽としてたのしむ

軍艦行進曲


1897年
作詞:鳥山啓 作曲:瀬戸口藤吉


左 歌詞付き。
右 歌詞なし演奏のみ。





〜軍艦行進曲の歌詞〜
1.
守るも攻めるも黒鉄の
浮かべる城ぞ頼みなる
浮かべるその城日の本の
皇国の四方を守るべし
真鉄のその艦 日の本に
仇なす国を攻めよかし
2. 
石炭の煙は大洋の
竜かとばかり靡くなり
弾撃つ響きは雷の
聲かとばかり響むなり
万里の波濤を乗り越えて
皇國の光輝かせ
(海ゆかば.)
海行かば 水漬く屍
山行かば 草生す屍
大君の辺にこそ死なめ
長閑には死なじ


〜ふりがな〜
1.
まもるもせむるも くろがねの
うかべるしろぞ たのみなる
うかべるそのしろ ひのもとの
みくにの よもを まもるべし
まがねの そのふね ひのもとに
あだなすくにを せめよかし
2. 
いわきのけむりは わだつみの
たつかとばかりに なびくなり
たまうつ ひびきは いかづちの
こえかとばかりに どよむなり
ばんりのはどうを のりこえて
みくにのひかり かがやかせ
(海ゆかば.)
うみゆかば みづくのかばね
やまゆかば くさむすかばね
おおきみの へにこそしなめ
のどにはしなじ



1897年鳥山啓作詞の『軍艦』に曲を付けて軍歌とし、その後1900年頃に准士官相当官の軍楽師だった瀬戸口藤吉が新たに作曲し『軍艦行進曲』として誕生した。
この当時、軍楽科の最高階級は軍楽師であり、昭和18年には軍楽少佐までの階級が設けられた。
初演は、同1900年4月、戦艦富士乗組の軍楽隊によって行われた。戦前盛んに演奏され、1941年(昭和16年)12月8日の日米開戦時にも繰り返しラジオから流された。
海軍省の制定行進曲であり、海上自衛隊でも海上幕僚監部通達により儀礼曲の一として「軍艦行進曲」の名称で制定されており、進水式や出港式典などで奏楽されている他、観閲行進曲として奏楽されている。
戦後はパチンコ店で流されるなどの理由で一般市民への浸透も広く、『軍艦マーチ』として親しまれる。
日本の行進曲でもっとも評価の高い楽曲の1つである。

1番、2番の後に1880年に信時潔が作曲した『海ゆかば』が歌われる。 『海ゆかば』の詞は『万葉集』巻十八「賀陸奥国出金詔書歌」の長歌から採られている。 作曲された歌詞の部分は、「陸奥国出金詔書」(『続日本紀』第13詔)の引用部分にほぼ相当する。 なお、作曲には当時の宮内省伶人だった東儀季芳も関係している。
初期では、"演奏→1番→海ゆかば→2番"という順で歌われたが、現在では、"1番→2番→海ゆかば→演奏"というのが一般的であり、 上に載せた2つの動画でもそのようになっている。




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